完成した絵を、あえて壊す。白や黒で塗り潰し、擦り、削り取る。その痕跡の中から、新しい像が立ち上がってくる——hagemaru artの制作は、創造と破壊が表裏一体の営みだ。ボールペン、木炭、ソフトパステル、ジェッソ。多彩な素材が層をなし、人物の輪郭は揺らぎ、記憶は滲む。1962年大阪生まれ、約6年で2,300点を超える作品を生み出してきた彼が描くのは、記憶・喪失・祈り・愛という、誰もが抱える感情の深層だ。
記憶の残像
誰にでも、まだ何も失っていなかった時間がある。若さ、憧れ、他者への好奇心。自分自身の輪郭がまだ曖昧で、世界のすべてが眩しかった頃の眼差し。ボールペンの線は柔らかく、パステルの色彩は淡く光を帯びる。ここに並ぶ三つの作品は、記憶がまだ鮮やかだった頃の残像を留めている。
自分自身の姿を見つめた後、今度は他者の瞳に映るものへと視線が移る。
憧憬の対象は、時に記号的な魅惑として現れる。バニーガールという象徴に託された、ある種の幻想。
若さと魅惑の記憶は、いつまでも手の中に留めておけるものではない。時間とともに色褪せ、やがて何かが失われていく。
この作品群の見どころ
hagemaru artの作品を見るとき、注目したいのは「破壊と再生」の痕跡です。完成後に白や黒で意図的に壊された面には、描き直された線や消えきらない輪郭が重なり、時間の層が可視化されます。約6年で2,300点超という制作量も、記憶や喪失といったテーマを追い続ける執念の表れ。国内外での展開とともに、作家の内省が具現化した時間軸を読み取ることが、これらの作品の深い価値につながります。
喪失という破壊
愛は消え、時は流れる。hagemaru artの制作プロセスそのものが、喪失を体現している。描き上げた人物を白や黒で塗り潰し、擦り、削る。その行為は破壊であり、同時に新たな生成でもある。残された痕跡の中に浮かび上がるのは、諦念と痛み、そしてかすかな温もりだ。
「そして…」という言葉の後に続くのは、沈黙か、それとも別の形か。花は、喪失の後に咲く。
壊すことでしか見えない姿がある。失って初めて気づく輪郭がある。この章の二作は、その痛みを静かに語りかけている。
問いかける祈り
失ったものに問いかけるのは、愚かなことかもしれない。けれども人は、語りかけずにはいられない。花に包まれた人物は、もう応えることのない誰かへ、あるいは過去の自分自身へ、静かに問いを投げかけている。それは祈りに似て、諦めにも似ている。破壊と再生を経た画面には、言葉にならない感情が宿る。
問いに答えは要らない。ただそこに在ること、語りかけ続けることそのものが、祈りなのだから。
破壊の先に立ち現れる像は、決して完璧ではない。けれどもその不完全さの中にこそ、人間の記憶や感情の本質が宿っている。hagemaru artの作品は、パリのsingulart提携作家としても国内外で発表され続けている。壁に掛けたとき、あなた自身の記憶や喪失と静かに共鳴する一枚が、ここにある。