スキーブーツや家具、空間デザインで数々の賞を手がけてきた白川哲治。その眼差しが絵画へ向かうとき、そこに映し出されるのは日本の四季と装いが交差する静かな情景だ。京都市立芸術大学で培われた造形感覚は、花々のかたちを捉える構図にも、色彩の選び方にも宿っている。初夏のしっとりとした湿り気から、秋の透明な空気へ。時の移ろいとともに咲き、散りゆく植物たちと、それを纏う女性の姿を追いかけてみたい。
初夏、梅雨の彩り
梅雨の気配が近づくと、庭先や路地裏に静かに咲き始める花がある。紫陽花の丸みを帯びた花房、山間にひっそりと咲く蓮華升麻。雨に濡れることで、いっそう色を深める初夏の彩り。白川が捉えたのは、湿度を含んだ空気のなかでしっとりと佇む花々の姿だ。その画面には、京都の町家の坪庭を覗き込むような親密さと、静謐な距離感が同居している。
紫陽花の渦巻く色彩から視線を移すと、今度は白い花房が目に留まる。
水分をたっぷりと含んだ花弁と、そこに宿る光。初夏の雨がもたらす豊かさが、静かに画面を満たしている。
この作品群の見どころ
白川のデザインの核にあるのは、使い手の動きや環境を緻密に観察する姿勢です。スキーブーツから展示空間まで、スケールを異にする作品群を通じて、ファンクションと形態がいかに対話するかを読み解くことで、実用デザインの奥行きが見えてきます。
秋の訪れ、七草の装い
暦が立秋を過ぎるころ、風の匂いが変わり始める。藤袴、桔梗、萩――秋の七草と呼ばれる草花たちが、野や庭を彩る季節。白川の描く女性たちは、その花々を着物の柄として纏い、あるいは髪に挿し、季節そのものと一体化してゆく。和装の持つ装飾性と、花が持つ自然の造形が響き合い、雅やかでありながら日常に根ざした情景が立ち上がる。
藤袴の淡い紫が余韻を残すなか、別の秋草がその姿を現す。
萩の可憐さとは対照的に、次に現れるのは名も個性的な山野草だ。
花を纏うことは、季節を身にまとうこと。装いのなかに溶け込んだ植物たちが、秋の訪れをそっと告げている。
晩秋、燃ゆる彼岸花
秋の終わりを告げるように、田の畦や墓地の傍らに燃え立つ紅い花。曼珠沙華、彼岸花とも呼ばれるその姿は、どこか妖しく、鮮烈だ。白川が描く曼珠沙華は、ただ美しいだけではなく、季節の境界に立つ者の持つ強さを湛えている。晩秋の光のなかで、この花だけが火を宿したように輝き、物語に静かな句点を打つ。
季節は巡り、また初夏へと還ってゆく。けれど曼珠沙華の紅だけは、記憶のなかで燃え続けるだろう。
雨に煙る紫陽花から、炎のように燃える曼珠沙華まで。ひとつひとつの作品が季節のページをめくるように、静かに時を刻んでいく。白川哲治の描く花と装いの世界は、壁にかけたとき、空間にやわらかな季節感をもたらしてくれるだろう。日々の暮らしのなかで、ふと立ち止まり、移ろいゆく時間の美しさに気づかせてくれる一枚に出会えるかもしれない。