絵を描き始めるとき、そこに明確なイメージがあるとは限らない。むしろ何も見えていないことのほうが多い。MORI-SHINの制作は、まさにそうした「不在」から始まる。1959年佐世保に生まれ、抽象画家でありシンガーソングライターでもある彼は、筆を取るたび予期せぬ方向へと漂流し、思索を重ね、やがて時空を超えたイメージへと到達する。それは技法の洗練というより、精神そのものの旅路だ。
混沌と座礁の領域
白いカンバスの前に立つとき、何も浮かんでこない瞬間がある。その空白は不安であり、同時に可能性でもある。MORI-SHINはあえてイメージを持たずに筆を走らせ、偶然と即興に身を委ねる。落下し、座礁し、白く漂白されていく画面は、制作という行為そのものの混乱を映し出す。
落下の衝撃から一転、今度は色彩そのものが消失していく。
予期せぬ色彩と形の連鎖。そこには制御の手前にある、生々しい試行の痕跡が残されている。
初めて絵を買う方へ
抽象画は、好きだと感じた色や形を大切にして選ぶことが第一です。サイズは部屋の壁面を見回して、バランスの良い大きさを想像してみましょう。価格帯も様々ですので、まずは手の届く範囲で、心が惹かれる一枚との出会いを楽しむことをお勧めします。
認識という欲望
混沌を経た先に現れるのは、思考の領域だ。MORI-SHINは哲学者スピノザの言葉に導かれ、「認識することそれ自体が欲望である」という命題へと向かう。知りたいという衝動は、生き延びようとする本能と地続きにある。無限に分割される世界、深淵のように広がる表層。抽象の画面は、思索そのものの深さを要求する。
では、欲望としての認識は、どこまで世界を細分化できるのか。
表層と深淵のあいだで揺れ動いたあと、イメージはもう一つ別の次元へと向かう。
知ることと生きることが重なり合う瞬間。その境界線は、思いのほか曖昧で、危うい。
インテリアとしての楽しみ方
抽象画を飾る際は、壁の色と絵の色相の関係に注目してみてください。光が当たる位置、周囲の家具の質感との調和を考えることで、空間全体に落ち着きや活動感が生まれます。照明を工夫すると、絵の色合いがより引き立ち、時間帯によって異なる表情を楽しめます。
神話への回帰
やがて画面に立ち現れるのは、過去でも未来でもない、神話的な時間だ。火山湖のほとりに佇むピアノバード。それは記憶か、幻視か、あるいは太古から反復されてきた元型なのか。混沌を抜け、思索を経て、MORI-SHINは時間を超越した場所へと辿り着く。そこでは、すべてが一度に在る。
神話は過去の物語ではなく、いまここに立ち現れる感覚そのものなのかもしれない。
混沌のなかで筆を取り、認識の深みへ潜り、神話の時間に触れる。MORI-SHINの作品は、誰かに何かを伝えるというより、観る者自身の内側へと問いを投げかける。壁に一枚迎え入れるだけで、日常の見え方が少しずつ変わっていくかもしれない。いま、あなたの空間に必要なのは、答えではなく問いなのかもしれない。