絵画は完成した瞬間に固定されるとは限らない。MORI-SHINの作品群は、描かれた時代と再発見された現在が、同じ画面の中で呼応し合う。1990年代に制作され長く放置されていたカンバスに、2024年から2025年にかけて新たな筆が加わり、過去と今が共存する独特の時間感覚が生まれた。音楽家でもある作家が、自らの記憶と対話しながら重ねてゆく色彩と形態。そこには、完成を急がず、時を経て初めて見えてくるものを待つ姿勢がある。
発掘された記憶の地層
アトリエの隅で眠っていた作品が、ふとした瞬間に作家の目に留まる。1990年代、筆を置いたまま放置されていたカンバスたち。それらは未完成だったのか、それとも当時なりの完成を迎えていたのか。2024年、MORI-SHINは過去の自分が残した痕跡に再び向き合い、大胆な加筆を施した。時間という不可視の素材が、画面の中で二重の地層を形成してゆく。
同じく90年代の記憶を宿すもう一枚の画面では、空間そのものが分割され増殖してゆく。
発掘された作品は、過去の筆致と現在の思考が交差する場となった。時間の断絶が、逆説的に作品の奥行きを生んでいる。
インテリアとしての楽しみ方
MORI-SHINの作品は、空間に静寂と呼吸をもたらします。白や淡いグレーの壁に合わせると色彩が引き立ち、北向きの光でも深みが保たれます。ミニマルな家具との組み合わせで、作品が主役となり、日々の疲れを優しく癒す環境が生まれるでしょう。
予定混沌という実験
シリーズとして構想されながら、途中で座礁したプロジェクトがある。「予定混沌」——計画と混沌という矛盾を孕んだ言葉が、そのまま制作過程を象徴していた。当初の意図通りには進まず、スタイルは揺れ、方向性は定まらない。だが、その迷いこそが作家にとって必要な過渡期だったのかもしれない。完成と未完成の境界が曖昧になるとき、作品は新たな可能性を獲得する。
では、混沌を抜けた先に何が待っていたのか。
青という色が支配する画面へと、作家の視線は移ってゆく。
予定と混沌のあいだで揺れ動いた実験は、結果的にスタイルの転換点となった。迷いの痕跡が、次なる表現への扉を開く。
この作品群の見どころ
抽象表現の背景には、音と色彩の相互作用があります。シンガーソングライターとしての創作経験が線と層に反映され、時間軸を持つ作品へと昇華しています。佐世保という港町の記憶も微かに息づき、個々の作品がやがて時代の証言となる可能性を秘めています。
2025年、思考する抽象
2025年、MORI-SHINの抽象は新たな段階へと踏み込んだ。哲学的なテキストとの対話が制作の起点となり、認識と欲望、デュシャンの思想といった知的探求が画面に結晶する。色彩と形態は、もはや感覚だけでなく思考そのものを可視化する試みとなった。抽象表現が単なる造形の自由ではなく、思想を翻訳する言語として機能し始めている。
思考する抽象は、鑑賞者に問いを投げかける。認識とは何か、欲望とはどこから生まれるのか。答えは画面の中には無く、見る者の内側にある。
発掘、実験、思索——三つの時間軸を経て、MORI-SHINの抽象は静かに進化を続けている。過去の自分と対話し、未完のまま放置されていた画面に新たな息吹を吹き込む制作のあり方は、作品を所有することの意味にも問いを投げかける。壁に掛けられた一枚が、やがて別の時間の層を迎え入れる可能性を秘めているとしたら、それは鑑賞者自身の記憶とも重なり合うだろう。